【第二次世界大戦に学ぶ】安全と平和の為に知っておきたい事(コミンテルン編)

      2017/08/16

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モダンガール           (昭和4年 銀座 モダンガール)

 

繁栄していた戦前の日本

 

1945年8月15日

第二次世界大戦(太平洋戦争/大東亜戦争)において、我が国日本はポツダム宣言を受諾し、米英連合国に大敗北しました。

 

戦後、私たち日本人は、奇跡的に焦土と化した日本列島から世界第2位の経済大国に復興する事となります。

近年、東アジアを取り巻く国際情勢を直視する中で、日本は今後も平和な未来を作っていく上で、歴史から学ばなければいけない事が多くあると感じます。

 

≪日本人の戦時下に対するイメージと真実≫

 

『モダンガール』と題された女性の写真は、昭和4年に撮影されたものです。

 

昭和4年と言えば、太平洋戦争が開戦する12年も前です。

 

 

こちらは戦前の銀座の大通りです。
思った以上に、発展していると感じた方は多いのではないでしょうか?

実は私たちが、戦前、戦時下に 抱いているイメージと、実際の歴史には大きなギャップがあります。
そして、このギャップが敗戦という失敗を、現代でも繰り返してしまう原因となり得るのです
この記事では、日本が泥沼の戦争に突き進む事によって世界がどうなったかというマクロ的視点から、日中戦争(支那事変)、太平洋戦争(大東亜戦争)を振り返ります。

 

第二次大戦後の勝者は誰か?

 

 

結論から申しますと、第二次大戦の本当の勝者はソビエト連邦(ソ連)です。

 

戦争とは、『国家の目的』を果たす為に行います。

 

アメリカやイギリスは、日本と闘い勝利しました。両国とも多大な被害を出しての勝利でしたが、一体、彼らは日本を焦土と化して、戦争終結後に何を手にしたのでしょうか?
一方で、スターリンが率いるソビエト連邦(以下ソ連)。
ソ連は、れっきとした戦争目的がありました。

 

『世界中の国で共産主義革命を起こし、共産主義国にする』
それでは、戦前と戦後の東アジアにおける勢力圏の地図を見てみましょう。

 

 

【戦前】






【第二次大戦終結後】



 

 

これを見ると、欧米諸国は植民地を失って、殆どが共産化してソ連の影響下に変わった事が分かると思います。

 

【第二次世界大戦の結果】

 

第二次世界大戦によって欧米列強は植民地の大半を失い、ソ連の影響下である共産主義国に変わっていました。

 

 

日本への共産化計画と日米開戦

 

 


ソ連の共産主義者 ヨシフ.スターリン
ソ連は、当時コミンテルンと呼ばれる『世界革命』を目指す国際組織を持っていました。

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【コミンテルン(第三インターナショナル)】

 

【設立】1919年(大正8年)

 

【目的】全世界ソビエト社会主義共和国連邦をつくる(規約第一条)

 

【役割】

・世界各国で共産主義革命団体を設立
・スパイ活動を行い国内世論を誘導
・政治の中枢に入り込み各国を内部から混乱させる
・内紛やソ連の敵国同士を戦わせる事によって各国の力を弱体化させる

 

 

これらの活動によっ敵国が弱った所を、ソ連や国内共産党員(コミンテルン)に革命を起こさせ、共産主義政権を樹立させるのです。

 

この戦略(敵同士を戦わせ、弱ったところを攻める)は砕氷船テーゼと呼ばれます。
実際に、戦前の陸軍将校によるクーデター事件、2.26事件にも、ソ連のコミンテルンによる工作が行われていた事がベノナ文書と呼ばれる機密文書にて明らかになっています。

 

このように当時の大日本帝国陸軍の内部は、かなりの割合で共産主義思想に染まっていたと言っても過言ではありません。

 

統制派の将校が多く在籍した超国家主義的組織『桜会』には、ソ連のレーニンから多額の資金援助を受けていた事も明らかになっています。
そんな、社会主義、共産主義の風潮が世の中を覆っていく中、世論は知らず知らずのうちに、日米開戦に流れていくのです。

 

この時、日本にとってアメリカよりも目と鼻の先にある脅威、ソ連には戦争の矛先が向かわないように日本国内のコミンテルンは必死に活動していました。
≪彼らはどうやって世論を誘導したのか?≫




1941年当時、朝日新聞の記者であった『尾崎秀美』と呼ばれるコミンテルンのスパイが逮捕されました。

 

あの有名なコミンテルンスパイの逮捕、ゾルゲ事件に関与していた人物です。
彼らは、巧みにメディアの内部に入り込み、日本の目がソ連に行かないように世論を扇動し、日米開戦を煽ったのです
あまり知られていませんが、日米開戦前の国内世論は、現代人がイメージする『戦争反対』ではなく、『日米開戦、鬼畜米英をやっつけろ』でした。

 

また、この尾崎秀美は、当時の首相、近衛文麿政権のブレーンとして、日中戦争から太平洋戦争に至るまで、政治の上層部・中枢と接触し、国政に大きな影響を与えた人物です。

 

 

 

第二次世界大戦の失敗からわかる事

 

 

日米開戦までの流れを見ると、日本はもちろん、アメリカすらも、本来戦う必要が特にない戦争に振り回されているのが分かります。
戦争末期、日本に原爆が投下され、日本の敗戦が濃厚になった瞬間(8月9日未明)に、ソ連は日本の満州、北海道に攻め込んで来ます。

これは砕氷船テーゼのやり方そのものです。

 

『日本は情報戦に弱い』

 

一方、ソ連はアメリカが日本に原爆投下する事を事前に知っていました。

 

10万人という大軍を満州に準備しておく事は、事前に情報を知っていないと不可能なのです。

 

当時、アメリカの中にも沢山のコミンテルンスパイが潜り込んでいた事が知られています。(ハリー.デクスター.ホワイト・T.Aビッソン等)
戦争末期、昭和天皇が、ポツダム宣言の受諾をご聖断後に、玉音放送を録音します。

 

ここでも、陸軍将校は玉音放送を阻止し、本土決戦まで持ち込ませて、さらに日本を壊滅させようとした国家社会主義者がいました。

後に、『日本のいちばん長い日』という小説にもなった話です。

 

このメディアを使った思想的な情報戦は今も続いています。マスコミの劣化と偏向報道

 

今後、日本が平和で発展を続け、皆んなが幸せに暮らしていくためには、この情報戦に勝たなければいけません。
今後、さらに詳しく、過去から現在までの思想的対立を含め、日本のこれからの安全保障について書いて行こうと思います。

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 - Human, 戦争