【メニエール病】完治までの体験記 [前編]

      2017/08/23

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蝸牛型メニエール病・急性低音障害型感音難聴

 

原因は意外なところにあった。

 

 

蝸牛型メニエール病・急性低音障害型感音難聴

 

 

今から7年ほど前、私はそう診断された。

現在の進んだ医療技術を持ってしても、明確な治療法が未だ確立されていない、難病指定になっている疾病だそう。

この疾病が完治するまでの自分の体験談をここにまとめる。

 

〜これは、私が難聴を克服するまでの道筋を断片的に記したものです。あくまでこの体験記は既に完治した自分の記憶であり、すべてのメニエールの症状に合致するとは思っておりません。少しでも同じ症状で悩む人の力になればと思って書きとどめるにいたりました〜

 

 

あの朝は今でも鮮明に覚えている。

 

目覚めると突然、脳のみぎ半分が地鳴りを起こしているかのようにやかましく、耳は外界の音を遮っていた。

 

下北沢にある小さな耳鼻科だったと思う。

 

低音域の難聴が確認されたが、この時には病名が確認できなかった。
日ごとに地鳴りの音が大きくなり、外部からの音に敏感になり、不快感と不安感が増幅していった。

 

蝸牛型メニエール病

 

池尻大橋にある総合病院で診断が下った。

 

蝸牛型メニエール病(かぎゅうがたメニエールびょう、英名 Cochlear Meniere's Disease )は難聴と耳鳴り・耳閉感の症状を繰り返す内耳の疾患である。

激しい回転性のめまいと聞こえの症状を同時に併せ持つことを特徴とするメニエール病と違い、めまい症状は比較的軽く、主に聞こえの症状だけの軽い不全型であり、本格的なメニエール病に移行する前段階ともいえる。

Wikipediaより引用(赤文字による強調は筆者による)

 

この時はめまいがなく、難聴だけだった。

一方で、右耳の低音域難聴はかなり悪くなっていと思う。

処方された薬はステロイドの内服薬『プレドニゾロン』と、利尿剤『イソバイド』
結局、明確な治療法がないメニエール病は、ステロイドと利尿剤を使用し、利尿剤に関しては効果があればラッキー程度のものらしい。
イソバイドは、液体の薬で1日3回、胃に流し込む。

 

飲んだことのある方はお分かりかと思うが、これが本当に不味い上に、良くなる気配は一切なかった。

ある日、ほとんど右耳が聞こえない状態になった。

『音が聞こえない』というわけではない。

『ゴォォォオォー』といった雷のような凄まじく不快な音だけが、右耳の中で聞こえてくる。

この時には、難聴に加えて、外部の音が耳の中に響く『聴覚過敏』の症状や、めまい症状も併発してきていた。

 

 

 《どうなってしまうんだ?》

 

 

 

恐怖と不安から、私はとっさに家の前でタクシーを止めた。

 

激しい雨は都会を濡らし、見える世界は一変していた。

『急いでください』

自分の発する声すら極度に不快に感じながらも、運転手さんに一言告げた。

向かったのは慶應義塾医科大学病院だった。

 

 

 急性低音障害型感音難聴

 

その日から入院。

大量のステロイドを3日間、点滴で投与するいわゆるステロイドパルス療法

 

パルスには『衝撃』という意味がある。

 

 

ステロイド内服薬だけでは効かない、病気の急性期にとる治療法だそう。

この時、私はこの先どうなってしまうのだろうという恐怖との戦いだった。

治療法が確立していない面倒な病気と手をつないで、一生を過ごしていくのだろうか?

 

 

一週間、パルス療法が終わり、退院する事となった。

これは決して、治癒したから退院したのではない。

 

 

事実上、出来る処置はすべて行った。つまり、他におこなう治療が無くなったということである。
その後は、たくさんの内服薬を飲みながら、様子を見守る事になった。

そんな中でも、私は『絶対にこの病気を治したい』との気持ちから、様々な情報を集め、耳に良いとされる事を次々に試していくことになる。

退院した後、私はしばらく地元へ帰省して療養する事にした。

ここからが、病気との向き合い、本当の勝負であった。

 

 

 

慶應大学病院を退院し、実家に戻ってしばらく療養をする事にした。

日ごとに症状の上下はあるが、入院初日ほどまでに聴力が悪化することは稀だった。

時間的余裕が出来た私は、病気を完治させる為に『とにかく調べる』事を徹底的に行った。

メニエール病という病気は一体なんなのか?

 

メニエール病の本態は内耳の内リンパ水腫である。

内リンパ水腫によって前庭と蝸牛の感覚細胞が障害され、突発的で激しい回転性のめまいと同時に、耳鳴りや難聴などの蝸牛障害症状の発作が繰り返す。

内リンパ水腫は内リンパ液の産生と内リンパ嚢における内リンパ液の吸収の不均衡により生じると考えられている。

内リンパ水腫は主に一側性であるが、両側性に移行する場合も20〜30%存在する。

内リンパ水腫の発生する機序は不明であるが、疫学的に(患者の生活状況調査の傾向から)メニエール病の発症にはストレスが強く相関していることが分かっている。

〈Wikipediaより引用〉

内リンパ水腫。
簡単に言うと、耳の奥に水が溜まって、その水腫が耳の細胞に異常をきたしてしまう。

その為に、イソバイドやメニレットといった利尿剤を処方され、体内に水分が溜まらないようにする。

 

ただし、これはあくまで、私の体感たが、利尿剤は全く効いている感覚がなかった。

 

当時の私は薬づけだった。

アデホスコーワ

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カルナクリン(血流促進剤)


メニレット(利尿剤)


グランダキシン(抗不安薬)  ※印この薬の副作用は下記リンク記事の引き金となった。使用法には注意が必要

 

【パニック障害は完治する】 原因と対処法の考察

 

カミキヒトウ(漢方)  


メチコバール(ビタミンB12)

こんな感じだった。

『絶対に病気を治して東京に戻らなければ』

 

 

そんな、時間と薬を消費するだけの毎日の中、メニエール完治に向けて展開していくある事に気がつく事になる。

それは、耳の調子が悪く、耳鳴りや低音の障害の症状が強い時には、決まって体に起こる共通の異変の存在である。

《耳まわりから肩にかけての筋肉が、ガチガチに張っている》

耳から肩にかけての筋肉が、手で触っても感覚が無いくらいに、緊張(こわばっている)していたのだ。

メニエールについて調べている中で、筋肉の過緊張が原因の1つとなり得るという情報も目にしたことがあったのを思い出した。

特に、耳の下と鎖骨を結んでいる筋肉、《胸鎖乳突筋》がガチガチに張っている。

そして、耳の症状が酷いときは、顎の筋肉や肩の筋肉までもが痛みを伴う位に緊張していたのだ。

ふと、思った。

リンパ液の水腫、内リンパ水腫がなぜ出来てしまうのか?

リンパの流れが悪くて、耳のあたりで滞っているのではないか?

リンパは血液によって流される。

つまり、筋肉の過緊張が起これば、血流不全からリンパが滞る事は十分にあり得る。

私のメニエール病、急性障害型感音難聴はいわゆる《両側性》だった。

最初の症状は右耳だったのだが、次第に左にも移行していったのだ。

そして、面白い事に、筋肉の過緊張も左右に行ったり来たりしている事にも気づいたのだ。
 

私は、今、多くの人達と話す機会がある職業についている。

ここまでの難聴とはいかずとも、耳の調子が体調や気圧の変化によって悪くなる時があるという人は少なからずいる。

そして何より興味深いのは、そんな症状を訴える方は、ほぼ全員、『肩こり』を持ってる。

また、血流は気圧の変化にも敏感だ。

 

私が最初に発症したのも6月の、気圧が安定しない梅雨時期。

 

この時期に難聴症状を訴える人は多い。

 

低気圧は、人間の欠陥を膨張させ、血流を悪くさせてしまう事はよく知られている。

 

 

上記のWikipediaの解説でもあるように、メニエール病を訴える人達に共通している事が、いわゆる『ストレス』を感じている人。

今でも、原因はストレスと言われている。(もちろん、原因不明の疾病は、ストレスと言われる事が多々ある事は承知している。)

ストレスと筋肉の過緊張はセットである事は言うまでもない。

この辺りから、わたしの筋肉をほぐす戦いが始まる事になる。

 

 

メニエール病】完治までの体験記〔後編〕へ続く

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