終戦の日に思うこと  ~明るい未来に向けて~

      2017/08/16

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今日は8月15日



72年前の今日、昭和天皇による玉音放送によって大東亜戦争・太平洋戦争の終結が全国民へと告げられました。

 

毎年この時期になると、メディアからは原爆投下や沖縄戦、神風特攻隊など、戦争の悲惨さを伝える話題に染められていたことを記憶しています。

(現在においてはTVをそもそも見ていませんが、おそらくされている事でしょう)マスコミの劣化と偏向報道

 

 

私が幼いころは、戦争映画『ほたるの墓』が毎年のように放送され、子供たちにとっては楽しい夏休みも、この時期だけはどこか悲しく、切ない雰囲気が漂っていました。

 

【戦争の悲惨さを伝える事で、私たちは不戦の誓いを行う】

 

これは、終戦後から現在に至るまでの私たち日本国民のコンセンサスでしょう。(実際には占領軍による教育が浸透するまでは、リアルな戦争への見方はあったようですが)

 

とは言え、現代において『戦争は必要である』と言おうものなら人間ではないような目で見られる事は必至ですので、この不戦の誓いのコンセンサスは否定のしようがありません。

 

もっとも私も、戦争は悲惨な出来事であることに疑いはありません。

 

ただし、戦争=悲惨という構図のみで戦争を捉えてしまえば、これは想像力に欠如した一面的な見方であると言わざるを得ません。

 

なぜなら日米開戦当初は国民も戦争に熱狂していたからです。【第二次世界大戦に学ぶ】安全と平和の為に知っておきたい事(コミンテルン編)

 

日露戦争で日本が勝った時も、第一次世界大戦において日本が連合国として勝利した時も、日本国民は熱狂していました。

 

これだけをとって見ても、戦争には悲惨のみならず熱狂を持ち合わせている事がわかるでしょう。

 

戦地へ出かけた日本兵には一人ひとり様々な思いがあったでしょうし、内地で大切な家族を戦地へ送り出した幾とおりの想いがあった事でしょう。

戦地が嫌だったという兵隊さんもいれば、成果を上げるために躍起になっていた兵隊さんもいるはずです。

はたまた、送りだされた戦地によっては、退屈な日々が続き、暇を持てあます時間が大半だった兵隊さんもいたことでしょう。

 

 

 

話を戻しますと、果たして、戦争の悲惨さを私たちが理解する事によって、戦争は起きなくなるのでしょうか?

 

 

これを、私は日本のメディアや教育に携わる方々に改めて問いたいのです。

 

 

戦争=悲惨

 

悲惨さを伝える=不戦の誓い

 

 

この図式で思考が停止してしまっていないでしょうか?

 

 

2017年、8月15日現在

 

北朝鮮によるアメリカ・グアム島へのミサイル攻撃が危惧されています。

 

また先日、日本の排他的経済水域へと北朝鮮によってミサイルが撃ち込まれました。

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私たちが不戦の誓いを行えば、北朝鮮は日本への挑発や攻撃を止めてくれるのでしょうか?

 

否。

むしろ、私たちが不戦を表明すれば、北朝鮮の挑発は攻撃に変わる事が必至だと思うのです。

 

 

そろそろ、私は過去を見るのではなく、未来を見る時だと思うのです。

 

 

これは、私の個人的な先の大戦への現代における認識に対する所感です。

 

誤解も招く事を承知で言いますが、毎年72年も前の戦争の悲惨さを繰り返し放送し、他方で子供たちに一面的な戦争の悲惨さのみを教育し、陰鬱な空気をまき散らすことはもう終わりにしてほしいのです。

 

 

もちろん悲惨さを世の中に広める事で今後の戦争リスクを減らす事ができるのであれば、私も真夏の陰鬱な空気に耐える事もできましょう。

 

しかし、そうはならないのです。

 

であるならば、いっその事72年前の戦争の事は忘れてしまえとすら思ってしまいます。

 

本当に日本の未来が平和で発展ができるよう、明るい話題で溢れる夏にしたほうがよほど不戦に近づけられると思うのです。

 

 

先の大戦から学ぶ事は確かにあります。

 

例えば、前述したような【戦争への熱狂】がなぜ生まれてしまったのか?

 

あるいは何故、当時世界最強と言われた帝国陸海軍をもってしても、戦争の範囲を無制限に広げ、停戦協定にも持ち込めずに壊滅的な敗北となってしまったのか?

 

反省する所は、確かにたくさんあると思いますが、先の大戦を悔やんでみただけでは、これからの未来にとって何のメリットをありません。

 

100歩譲って、メリットを考えれば、反戦への姿勢を示すことでどこか知性が増したような気分に浸れ、センチメンタリズムをまとった自己陶酔に浸れることくらいでしょう。

 

 

本当に反省すべき点は、あれだけ多くの犠牲者を出した戦争の開戦から敗北に至るまでの過程です。そしてその分析を未来に活かしていく事が必要なのです。

 

 

 

 

長くなりましたが、最後に当記事をまとめます。

 

戦争=悲惨

 

悲惨さを伝える=不戦の誓い

 

 

この構図は、知性的どころか思考停止におちいってしまいます。

 

悲惨さを訴え、不戦の誓いを行い、核兵器廃絶を叫んでみたところで、かえって日本が戦争に巻き込まれる確率を高めてしまう事になるのです。

 

もう、一面的な『悲惨な戦争』には別れを告げても良いくらいに永い歳月が流れました。

 

 

私たちが本当に平和な未来、明るい日本を望んだときに、思考は加速的に動き出し、より効果的かつ現実的な≪不戦の誓い≫が出来ると私は信じています。

 

 

 

 

戦争を考える

 

【第二次世界大戦に学ぶ】安全と平和の為に知っておきたい事(コミンテルン編)

 

【日米中韓と北朝鮮】第二次朝鮮戦争は起こるのか?

 

【東アジアで高まる戦争リスク】 北朝鮮のミサイル発射と核実験と戦争の可能性について

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